なぜ右手は天を指す?長崎平和記念像の閉じた目に隠された驚愕の真相

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なぜ右手は天を指す?長崎平和記念像の閉じた目に隠された驚愕の真相
なぜ右手は天を指す?長崎平和記念像の閉じた目に隠された驚愕の真相
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🎵 なぜ右手は天を指す?長崎平和記念像の閉じた目に隠された驚愕の真相

長崎の青空に向かって高く右手を掲げ、水平に伸ばした左手と静かに閉じられた目――。長崎平和公園の中心に鎮座する「平和祈念像(平和記念像)」は、修学旅行や観光で訪れた誰もが一度はその圧倒的な存在感に息をのむ名作です。しかし、あの独特なポーズや筋肉美に満ちた肉体、そして穏やかな表情にどのような意図が込められているのか、正確な背景を知る人は決して多くありません。

被爆から80年以上が経過した今もなお、世界中から多くの人々が祈りを捧げに訪れるこの巨像には、彫刻家が命を削って込めたメッセージと知られざるドラマが隠されています。本稿では、像が天を指す理由や作者・北村西望の制作秘話、モデルにまつわる真相、現地を訪れる際に押さえておきたい見学ガイドまで、現地取材の視点を交えて詳しく紐解きます。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:天を指す右手は「原爆の脅威」、水平に伸ばした左手は「平和」、閉じた目は「原爆犠牲者の冥福を祈る」意味が込められている。
  • 要点2:作者・北村西望は特定の人物ではなく「神の愛と仏の慈悲」を融合させた人類の象徴として像を設計し、複数の人物を参考に造形した。
  • 要点3:長崎平和公園は路面電車で手軽にアクセス可能であり、原爆資料館や平和の泉と合わせた所要時間は約1.5〜2時間が目安となる。

【ポーズの真相】天を指す右手と水平の左手・閉じた目が語る深遠な意味

平和記念像の前に立つと、真っ先に目を奪われるのが天を鋭く指差す右手と、静かに地を撫でるように水平に伸ばされた左手のコントラストです。このポーズは単なる芸術的な造形美ではなく、明確な思想が刻み込まれています。

作者である彫刻家・北村西望(きたむら せいぼう)本人が残した言葉によると、高く天を指した右手は「原爆の脅威(天から降ってきた恐怖)」を示し、水平に伸ばされた左手は「平穏な平和」を表現しています。さらに、軽く閉じられたまぶたは「原爆犠牲者の冥福を祈る静かな祈り」を意味しており、怒りや悲しみに囚われるのではなく、未来への恒久平和を誓う慈悲の心が宿っています。

また、組まれた足の姿勢にも象徴的な意図があります。右足は胡座(あぐら)をかき、左足は今にも立ち上がろうと立てられています。これは「静寂な瞑想」と「救済のために瞬時に立ち上がる動的な力」を同時に表しており、東洋の仏教美術に見られる半跏思惟像(はんかしゆいぞう)の構図を現代彫刻へと昇華させたものと評価されています。

【制作秘話】作者・北村西望の執念と「モデルは外国人?」囁かれる噂の真実

この像を手掛けた北村西望は、長崎県南島原市出身の日本を代表する彫刻家です。制作依頼を受けた当時、すでに日本美術界の重鎮であった西望ですが、「この仕事は生涯の集大成になる」と直感し、私財と情熱のすべてを注ぎ込みました。当時としては異例のスケールであったため、東京都井の頭公園内に巨大な専用アトリエを自費で建設し、約5年の歳月をかけて完成へと導きました。

見学者から頻繁に寄せられる疑問の一つに、「あの筋骨隆々とした肉体のモデルは誰なのか?」「西洋人のレスラーがモデルではないか?」というものがあります。彫りが深く屈強な体躯から外国人モデル説が長年囁かれてきましたが、真相は「特定の単一モデルは存在しない」というのが史実です。

西望は特定の人種や国籍に偏ることを避け、「人類の理想的な肉体と魂の象徴」を具現化しようと試みました。実際には、早稲田大学の柔道部員や屈強な体操選手、さらには西望自身の肉体デッサンなどを組み合わせ、西洋のヘラクレス像のような力強さと東洋の仏陀のような慈悲深さをハイブリッドで融合させたのです。人種や宗教の壁を越えた普遍的な平和を祈る像だからこそ、国籍を感じさせない無国籍な風貌が与えられました。

【建立の歴史と経緯】なぜ作られたのか?被爆10周年に誕生した不滅の祈り

平和記念像が建立された背景には、被爆地・長崎の復興と世界へ平和を発信したいという市民の強い願いがありました。1945年8月9日の原爆投下によって焦土と化した長崎市は、被爆10周年にあたる1955年(昭和30年)の記念事業として、平和記念像の建立を決定しました。

当時、戦後復興の途上にあった長崎市にとって、巨額の制作費を単独で賄うことは不可能でした。そこで国内外から広く募金が集められ、約3,000万円(当時の貨幣価値で現在の数十億円相当)にのぼる浄財が国内外の市民から寄せられました。日本国内だけでなく海外からも支援が集まったことは、この像が地域の一モニュメントに留まらず、地球規模の平和の願いを背負って生まれたことを物語っています。

像の完成以来、毎年8月9日には像の前で「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が厳粛に執り行われ、世界各地の要人や市民が集い、平和宣言が世界に向けて発信され続けています。

【圧倒的なスケール】高さ9.7m・重さ30tの巨像が誇る圧巻の構造と大きさ

平和祈念像を間近で見上げると、その圧倒的なスケール感に圧倒されます。像本体のスペックは以下の通り、日本の野外青銅彫刻としては最大級の規模を誇ります。

像本体の高さ:約9.7メートル(台座を含めると約13.6メートル)
像本体の重量:約30トン
材質:青銅(ブロンズ製)

東京のアトリエで粘土原型から石膏原型が作られ、最終的に山形県や富山県高岡市の熟練鋳造職人たちの手によって数十のパーツに分けて鋳造されました。それらの部材を長崎の現地へと運び、寸分の狂いもなく溶接・組み立てを行って完成させたというプロセスは、当時の日本の技術の粋を集めた大プロジェクトでした。

青銅特有の深い青緑色は、長崎の強い日差しと雨風に耐えながら、年月を経てさらに重厚な陰影を生み出しています。

【現地ガイド】長崎平和公園へのアクセス・見学所要時間と周辺観光ルート

長崎市内を観光する際、平和記念像が位置する長崎平和公園は外せない重要スポットです。効率的に巡るための実用情報をまとめました。

■ 長崎平和公園へのアクセス
・JR長崎駅から路面電車(長崎電気軌道)「赤迫(あかさこ)行き」に乗車し、「平和公園」電停下車、徒歩約3分。
・路線バスを利用する場合は、「平和公園」バス停下車すぐ。

■ 見学所要時間と周辺モデルルート
平和記念像単体の見学であれば約15〜20分ですが、公園内や隣接施設をじっくり巡る場合は約1.5時間〜2時間を確保するのがベストです。

1. 平和祈念像・平和の泉(平和公園内):約30分
像の手前にある「平和の泉」は、水を求めて亡くなった犠牲者の魂を悼むために造られた円形の噴水です。刻まれた少女の手記は訪れる人の涙を誘います。
2. 原爆落下中心地碑:徒歩約5分/見学約15分
実際に原子爆弾が炸裂した上空下のグラウンドゼロに立ち、歴史の重みを肌で実感できます。
3. 長崎原爆資料館:徒歩約3分/見学約45分〜60分
被爆の惨状と核兵器の歴史、平和への歩みを克明に伝える展示が充実しています。

【平和記念像】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:「平和記念像」と「平和祈念像」、どちらの表記が正しいですか?
A1:長崎市の公式名称としては「平和祈念像」が正式です。「祈念(祈りを込める)」という意味が込められています。ただし、広島の平和記念公園や一般的な呼称として「平和記念像」と検索・表記されることも多く、実質的に同じ像を指しています。

Q2:見学に入場料や開園時間はありますか?
A2:長崎平和公園は常時開放されている公共の公園のため、入場無料・年中無休で24時間いつでも見学可能です。夜間にはライトアップも行われ、昼間とは異なる厳かな雰囲気に包まれます。

Q3:作者の北村西望の作品は他にも見られますか?
A3:北村西望の出身地である長崎県南島原市には「西望記念館」があり、多くの習作や代表作が展示されています。また、東京の井の頭自然文化園内にある彫刻館でも、西望が制作時に使用したアトリエと巨大な原型彫刻を見学できます。

まとめ:時代を超えて受け継がれる平和の祈り

長崎の青空の下で力強く天を指し続ける平和記念像。そのポーズや表情の一つひとつには、過去の惨禍を決して忘れず、未来の平穏を希求する切実な祈りが宿っています。単なる観光モニュメントとして眺めるだけでなく、背後にある歴史的経緯や作者・北村西望の情熱を知ることで、現地で対峙した際の感動と感慨はより深いものになるはずです。

長崎を訪れる際は、ぜひ足を止め、天を指す右手と静かに瞑目する表情の奥にあるメッセージにじっくりと耳を傾けてみてください。 (出典: 平和 記念 像(Yahoo!ニュース)

平和 記念 像
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